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耐震構造の問題点 『熊本地震を見て』 その③

阪神大震災から学んだもの

阪神大震災の後、当時大阪の大学に通っていた長男と三宮で待ち合わせて、建築指導のボランティア活動に参加したときのことです。高速道路が倒壊のため、須磨区で高速を降りました。朝4時にもかかわらず、うっすらと視界に入った光景に自分の目を疑いました。

それは瓦の屋根や三階建ての鉄骨造建築の屋上が無造作に転がっている光景が目の前にあったからです。そして周囲は瓦礫の山となっていました。

三宮に入ると、二十四時間こうこうと明かりを灯して、数台の重機が大きな建物を解体している光景が目に入りました。いたる所で作業をしているためか埃っぽく、車の窓は開けられませんでした。

周りが明るくなるのを待って、六時ごろから、長男と待ち合わせをした九時まで、壊れかかった建物を駆けずり回って見て歩きました。

私は二十代に構造計算や構造設計を勉強していたため、壊れた原因に関してはある程度理解しながら見る事が出来ました。私が勉強していた当時も耐震設計は行われていました。その後改定された新耐震は大幅に改定され、それ以前と以後では建物の強度が大幅に増強されました。現地でも神戸の市役所の新館は被害がなく、改定前の庁舎は六階がぺしゃんこになっていました。巨大なビルが立ち並ぶ中で改定前の建物は軒並み被害がひどく、改定後の建物はほとんど被害が見られませんでした。改定後の建物でも設計や施工の不備による建物の倒壊が報告されていますが、全体として改定後の建物については、非常に強度があったことに少し安心しました。

その④に続く

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