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季美の住まい株式会社

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2008年 01月 25日 (金)

今日は私の書いた小冊子の中から一つのエピソードをご紹介します。


私は二代目です。

私が小学生の低学年のころ、靴のまま木材の上で遊んでいると、向こう脛が腫れるほど父に叩かれたこともありました。
職人がカンナやノミ、ノコを使うとき、木材に砂が付いていると道具の刃がこぼれることや、
大切に取り扱わなければならない木材を足で踏むことは許せなかったのです。

それほど道具を大切に取り扱っていることや、昔と今とでは刃の素材が違うことで、
三十年近く道具箱に入っている父の大工道具も昨日まで使っていたように思えるほどのものです。

今日私があるのも、二十年近く一緒に仕事をしていた父が、忙しいときでも文句も言わず、
建築の勉強や友だちとの付き合いをさせてくれたおかげだと思っています。
そんな父も数年前に亡くなりました。

その父が弟子入りしていた時の師匠がある日来られて、酒を飲みながら
「私の知る限り、あなたの父親の右に出る職人はいなかった」と話しておられました。

たしかに私から見ても父の腕はすばらしいものだったと記憶しています。
職人気質ではありながら、新しい道具やテクノロジーにはすごく興味を示し、取り入れるのもいち早い人でした。
戦前の建物にもかかわらず、和風でありながら、現在でも新製品に見えるようなデザインを使っているものもあります。

その父が入院をしていた時のことです。

知人に古い家付きの土地を紹介しました。
その建物はすでに廃墟になっていましたが、
「昔は職人もあせらずに、材料の調達にも時間をかけ、いい仕事もしていたんだな」
と思って見ていました。
計算してみると、築後75年くらいになります。

その後知人から「少し手を入れて2〜3年飲食店をやってみようかと思うので、建物を見て欲しい」との連絡がありました。
点検してみると、湿気の多い土地がらのためか、一階の床は傷んでいるものの、
構造や造作にまったく狂いのないのにびっくりしました。

玄関先には懸魚(けんぎょ;屋根の合わさった所に下げて棟木や桁の先端を隠す装飾板)も彫ってあり、色気のある住宅です。
弟子入りして3〜4年の職人が作った家とは到底思えないものでした。

そんなある日、錦帯橋が近いうちに全面改装されるという話をしました。

すると父は、三回造営(社殿や宮殿などを建てること)に出ているのだと言っていました。
木材の調達場所や金物を打つ鍛冶屋のことなど、いろんな話をしていました。
石積みされた橋台の中が土だったのには驚いたとも言っていました。
三回も造営に駆り出されたことを誇りに思っていたのではないだろうか、そんなことを思い出します。

錦見の遊郭(下の写真)を23歳で請け負った話をしていましたが、
今更ながら、23歳の大工にあれだけの建物が造れたことに、自分の父でありながら驚きを感じます。

職人が一生懸命もの造りをすることで、日本の文化や伝統を継承してきたことに感激しながらも
戦後の建築においては、こういったものが失われつつあることに大変な憤りを感じます。

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2008-01-25